昭和57年4月4日 朝の御理解 ●⑤、②、④、⑨ 【入力者:梶原佳行】

御理解第3節 「天地金乃神と申すことは、天地の間に氏子おっておかげを知らず、神仏の宮寺、氏子の家屋敷、みな神の地所、そのわけ知らず、方角日柄ばかり見て無礼いたし、前々の巡り合わせで難を受けおる。この度、生神金光大神を差し向け、願う氏子におかげを授け、理解申して聞かせ、末々まで繁盛いたすこと、氏子ありての神、神ありての氏子、上下立つようにいたす」



 「天地金乃神と申すことは」と教えておられます。天地金乃神様のお心を分かるという、いわゆる天地金乃神様のいうなら全貌、全てを教祖金光大神は受けられ。いわゆる神頼みを受けられたわけでありますから、本当に最後にありますように、そこから「上下立つようにいたす」ということでもあれば「末々繁盛いたすこと」と仰せられる。そういう神様、神様の全貌が分かって、初めて神様の願いである、願いも分からせてもらい、又そのようなおかげも受けられ、しかも末々まで繁盛いたすことの出来れるその根本のところが、まぁ説いてあるのが、この御理解三節だと思いますけれども。
 なかなかその、その深さとか広さということに、なかなか触れることが出来ませんで、ん、いわゆるおかげを頂くことに、まぁ難渋しておるのが、私共人間氏子の姿であると思います。それをまぁ合楽では、段々おかげを頂いてまいりまして、神様の、いわゆる天地金乃神様のお心を心としての生き方というものが、あー、こう出来てくるように段々すんなりとおかげを受けてくるようになったとまぁ思うのです。
 ●⑤私は昨日、上滝さんの御主人であります上滝、上滝勇さんと申して、まぁ本当にまぁ大変なおかげを受けた方ですし、当時、まぁ上滝さんの話を聞くということを皆が楽しみにしておるほどしでしたし。御自分が、いわゆる本当に当時のいわゆる椛目です、金光様のおかげで助かったという実感を人にも話ておられましたんですが。ん、それが本当に、まぁあっという間とはこのことだろうと、元気で西鉄に復職までも出来られて、そして、それこそある日突然あっという間になくなられたんです。●
 まぁ、私は丁度その三十年前のことを色々、まぁ思い起こさせて頂いたんですが、丁度若先生が今38でしょうか、私が丁度38の時だったです。えー、まぁしかし私が38の時には、もう沢山の人が当時の椛目で助かっておりましたが、もう、まぁ30年経った今日ずいぶん合楽の信心も変わってきたなと。変わってきたということは、より本当なことからより本当なことへ進んで来たなぁということでございます。
 そして今日、まぁ合楽理念、まぁ助かりの理念であるその御理念によるところの助かり。それがまぁ、これからとても限りなく、このことは深く広げ、ひろうなって行くことでしょうけれども、確かに天地金乃神様のお心をお心としての生き方、あり方といったようなものが、合楽の信心の信条となってきつつあるのです。
 最近ここでいわれる、おそらく合楽理念をどんどん、いよいよ極めていったら、お詫びの信心というのがなくなるだろうと。もう御願い、天地金乃神は願いの神と言われるその、願いの神であるから、私共も願いの氏子として。神、しかもそれは神様の心を心としての願。まぁ分かりやすくいうなら、私共一人ひとりに神様の願いがある。その願いが私にかけられた神様の願いが成就いたしますようにという願いになってくる。
 まぁお詫びというならば、三代金光様のお言葉にもあるように、「おかげを受けてお礼の足りないお詫びばかりを」というお詫びになってくるだろうと思う。ところが三十年前の、その信心を思うてみると、結局まぁ例えばあっという間に亡くなられた。
 ●⑤今の総代であります、んー、大和さんのお父さんが熱心に参っておられました。ほんな家むかえにあるところですから、亡くなられたというのでも朝、それもう早速当時の椛目にお届けに見えました時なんかは、私はもうそれこそ気も動転してしまう( ? )なことだろうと思うた。御神前にでらずに、お便所に入りましたんです第一は。え、そして、お便所の中で自分の心を整えて、そして改めて御神前に出てお届けしたぐらいでしたが、もう本当に私の信心の不行届き、これほどしのおかげを受けた氏子。これほど神様の願いがかけられておる氏子が、しかもあっという間に亡くなるというような、なるほどそれ前に色々とお知らせを頂いておりましたんです。
 丁度亡くなられる前の日が、北野の共励会が当時、久富一郎先生のところであっておりました。して一晩中、あのお話をさせて頂いておりましたから、朝方、しばらく休ませて頂いておる時に、もう上滝さんすでに西鉄に復職してありましたから、丁度電車んところまで、その久富先生のところ前を通りなさらなきゃでけん。だから私が、あの久富先生のところに休んでおること分かっておられますから、寄られて私が二階に一人休んでおった。
 して2階に上がってこられて、今からあの勤めにでらせて頂きます。もうその時初めて、私が眠っとったのを起こして、私の手の握っていってきますちいうて、こりゃこりゃ( ? )と思いましたが。下へ降りられた時に、私がある大変なことを頂いたんです。それもその、例えば、その亡くなられるといったようなこととは思わなかったんです。後から考えてみると、そういうことだったんですけれども。
 んー、下に降りられたら直ぐ色々お知らせを頂きましたから、私はとんでに下へ降りたら、まだ上滝さんがそこにおられましたので、今日はこうこう、こういうようなお知らせを頂いたから、あのようじ、まぁいうならば用心しときなさいよというようなことを言って別れたんです。ね、そしてその翌朝でしたでしたからね。
 後から分かってみて、あーれもこれも、やっぱそういうことじゃったなと思うた事は、丁度いなかずの、高山さんのところで共励会が毎月あってました。上滝さん達夫婦が見えて御祭りを仕えようとこう思うとりましたから、ところがなかなか見えません。何かよ用事があって、遅くまで待って、そのご祈念をしてそれから共励会に入ったんですが。
 そのご祈念の時に、あそこの霊前様の前で、赤玉ポートワインいわゆるあの人の、んー、事をいつもあのぶどう酒で頂いてましたからね。もうまぁ、もう腐ったぶどうで、もう食べられない。もう(?)も助からないというところを、私がお願いさせて頂いておったら、その食べられないようなぶどうでも、これを坪の中に入れて密封して、この水を汲んで発酵させたら、まぁぶどう酒が出来るというお知らせを頂いて、又力を得て、そのまぁ命ごいと申しますか、上滝さんのことを願ったようなことがございますので、以来、あのぶどう酒のお知らせを頂く時には、上滝さんのことだと。●
 ●②あの赤玉ポートワインというのがその時分に、今はあるかないか知りませんけれども、白玉ポートワインというのがあります。その赤玉が白玉に替わるところを頂いたんです。まぁ今から考えてみると、もうそん、すでにお知らせを頂いておったんですけれども、まぁ良い方へ良い方へと取らせて頂いておりましたら、そのそれこそあっという間に亡くなられる。●
 ●④⑤もうその時に私が今申します、気が動転するぐらいでしたから、もうとにかく、これは私の信心の不行届きとして、もうそれこそお詫びのしるしに、あの初めて私が御結界に座って、四時のご祈念まではもう絶対立たないという修行を始めました。1年間でした。もうそれこそ、あもう、血のしょん便を行くようになりましたですね。どういう風な意味か私は分かりませんけれども。ね。
 それをならどこかというと、私の信心の不行届きとして、もうお詫びのしるしにしよる。もう月次祭なんか、ご参拝が半分になりましたからね。あの上滝さんが亡くなられた時には、まぁ大変な皆さんがショックを感じられたわけ。もう上滝さんはもう、ここまで助かっておられて、復職までされて、しかもまぁ合楽でおかげのいうならば見本のように言われて来た人がもうあっと言う間に亡くなったんですから。
 これは私が、まぁ当時の信心が未熟であったということもそうですけれども、まぁためにお詫びのしるしのという、まぁ信心修行が出来て、初めていわば金光教的というかね、いわゆるあの、御結界を空けてはならんという、まぁ合楽のご流儀が生まれたんです。ね、ここでは今は、次々と先生方が替わって、まぁそれこそ一日中を御結界をあかさない。というようなもとがその時に出来たんです。●
 ね、そして、昨日の霊祭を私は奉仕がさえて頂いてです、もういよいよ感じたことですけれども、合楽もおかげ頂いて来たもんだなぁということです。ね、それこそみ教えにも有りますように、ね、「天と地は我住みか、生きても死にても天と地は我住みかと思えよ」といったような大変なみ教えがあるわけなんですがね。
 だから、死んだからおかげを落としたということじゃないです。死んだからとて神様のおかげを受けなければならないし、ね、それは早死にとか、長生きとかとありますけれども、その長生きだから、又は早死にだからというて、おかげに関わり合いはない。
 昨日、お祝詞の中にも申し上げますので、えー、御霊がその時に頂いておった、遺号です。いわゆる贈り名です。それは、上滝勇真乃道分たかちね大人乃御霊乃神とあるです。上滝勇道分、道を分けると。ね、真の道分かたちね、もう本当にお徳を受けられた、あのまぁいうなら先生方が頂かれるような、あの大人と付くのはあ、教師だけですねだいたいは。大人と書いてあります。
 それから思うて、確かに上滝さんの、が亡くなられたということは当時の椛目の、いうなら信心の道分けであったということです。ね、改めて、まぁ御霊様が、ね、偉大な死を遂げられ、偉大な働きが出来られることのために、ということであって、なら、その時に、まぁお詫びのしるしにということだから、あの修行も出来たんですけれども、ね、今から考えますとです、ね、おかげとして頂くべきであったということであります。
 そして、30年間。昨日は、お子達が、息子、4人おられますが、もう全部あの遠方におられる方達も全部、もう昨日は全部孫達に至るまで、もう、あっこれが本当の御霊様のお祭りだなぁと昨日は思いました。
 ね、もうそれこそ銘々、3人4人とお子達も、孫達ですねだから。もう全部、嫁達もそろうて、そしてその時分の信心友達であります、んー秋永先生らを始め、杉さん達のところまで、えー、7、8名のご信者さん方も集まられましての霊祭でした。本当に、あの御霊乃遺徳というより他ないような、まぁ素晴らしい霊祭を奉仕させて頂きましたが。まぁその時分の事から考えて、えー、いわゆる「天地金乃神と申すことは」という意味が分かっておったら、あんな事はなかっただろうとこう思う。
 お詫びのしるしにといったようなことじゃなかったじゃろうけれども、ならその、やはりお詫びのしるしに、ならあの修行が出来た。合楽のいうならば御結界、そして取次ぎ、そこから、いうなら一日その御結界はあかさないというような信心が、又新たに。私が神様との間に交わされたものはね、えー、とにかくお前のおるところが御結界と神様仰ったんですもん。
 寝とるなら寝ながらでもお取次ぎが出来る。ランニングシャツ一枚でおるなら、もうそれででも、お取次ぎが出来る。ね、もうとにかく、根がすさって行くような病気でもお前の取次ぎで助かると。ということを、まぁいうなら確約して下さったんですから、なら私のようなもんでも、やっぱお取次ぎが出来ると思うて、いうなら神様の願いを私は聞いたのは始まりです。
 そして初めの間はやっぱそうでした。勿論御結界もありませんでしたし、もう寝とるなら寝とるところでお取次ぎさせて頂く、もうそこでご理解くださったんです。ところがさぁお参りが多くなりましてもう1日中御理解が出っぱなしでしたあの時分は。ね、そして、まぁいよいよ羽織が集まってくる。袴が集まってくる。白足袋が集まってくる。もうその履いたり着たりせんならんようになったんですよ。
 あちらの御結界のこの机は、上滝さんが亡くなられて、いわゆる五十日祭、まぁ49日の、まぁ今日でしたか、当時は。で、( ? )あれは、偲び草に、あのあれをわざわざ別注しましてね、そしてあの、勿論御結界の机なんていうことじゃなかったんですけども、そのまま御結界に今、だからあの机はもう30年になるわけです。
 あの前で日交々の、様々な修行をお互い、私を始め、皆がさせて頂きましたが、もう本当に、もうそれこそ思えば思うほどありがたいことだなぁと。30年の間にこれほどの、ならいうなら天地金乃神様のお心が分かった。もうこれからとてももっと深く、広くなることだろうと思いますけれども、それこそお詫びの信心が合楽から消えるだろうといわれるくらいなところまでいってる。それは天地金乃神様と、天地金乃神と申すことはという、ご内容が分かってきたからなんです。
 ね、昨日の、霊祭に、●②「末々まで繁盛する、何何」ということを頂いたんですけれども。もうまったく、その四人の息子さん達がもう本当に立派な、まぁいうなら親孝行、親を中心にして、しかも、立派な家族、家庭家族を持って、本当におかげを受けておられます。30年間の間には、それこそまぁ、レンコンの、あのこう大きなレンコンの、節で、あのお示しを頂いたんですけれども、30年の間には、もうそれこそ折れそうになる時もあったけれども、というて、あの藁で、で筒のようにして、その節を包んでいかれるところを頂いた。
 わらということは、ここでは和楽と書き、ね、和楽の和楽地の道というでしょう。ね、和楽の道。その和楽、わらで、こう包んで、折れそうにあるところを、も折れんですんで今日までの、なら、最近の上滝さんの信心からいうと、今日のこのおかげを頂いて、子供達の手足が伸び、そしてそれぞれが一家をなして、ね、しかもそのどれもが、神様を中心にした信心が出来ておるおかげを蒙っておる。●
 なるほど子々孫々にも、この信心が残り伝わって行くことだろうと思われるような、昨日はお祭りでした。ね、お互いが、本当に天地金乃神様の、というか、もうそのことはという中に、昨日私は、いよいよ人間が、ね、いうなら生きても死んでも天と地は我住みかと思えと、教えられるそのみ教えの内容が、昨日の霊祭で分かったような気がいたしました。
 死んだら、ね、それは(   ?   )の悲しみと申しましょうか。愛する者が亡くなるといったようなことは、悲しいことですけれども、それは決して、なら困ったり難儀だということではない。生きても死んでも、やはり天地金乃神様のお世話にならなければならん。生きて、出来んのですから。ね、やはりそれもおかげとして、頂けれる信心。
 降る事も有り難いなら照ることも有り難いという信心。もう一切お礼を申し上げることばっかり、という信心。ね、あの、「上下立つようにいたす。神も助かり氏子も立ち行く」ということはそういうことじゃないでしょうか。しかもそれを、「末々繁盛いたす事」と仰せられる信心に、が続けられて行く限り、そのおかげの頂けれる私共はご信心に縁を頂いておることになります。
 ●⑨初めて一切神愛ということが、こうリアルに分かって行く。なるほど一切が神願成就の為のそれで。神様の願いがかけられてあって、なら上滝さん、あっという間に亡くなられた。大変な修行ではあったけれども、昨日の上滝一門の方達のあのおかげを受けておる姿を見て、ね、もしならなら上滝さんが今日までおられたら、今日のあの上滝一家はないです。あんなおかげの一家はないです。
 ですから、どこにご神意、ご神慮があるやら分かりませんから。一切が神願成就の現われであり、神愛の現われである。そして「生きても死んでも天と地は我住みか」と思わせて頂けれる信心。ね、そういう信心が分かった時初めて上下が立つようなおかげになり、そういう信心を体得出来た時に、上下立つように致すと仰せられる、上下が立ち行くおかげということになるのじゃないでしょうか。●
 この御理解3節は、大変な深い、広い意味を持った、み教えだと、まぁ昔からいわれておりますが、今日は私は今まで説いたことのない、まぁ感じで今日の御理解を、いわゆるあの昨日上滝さんの霊祭から私は感じました。はー、教祖のみ教えのその、まぁ大きいというかね「生きても死んでも天と地は我住みかと思え」と。ね。
 いうならばそういう偉大な信心が、こう分かって、分かりかけてきた思いがする。して見ると、ね、死ぬるということも、又生きるということもおかげであるということをです、ね、感じさせて頂きます。いわゆる天地金乃神と申すことはとのっけにいっておられる。その天地金乃神と申す事はという、その天地金乃神様のご内容をいよいよ深く広く、分からせて頂く時、初めて、十全の教えが身に付いたということになるのじゃないでしょうかね。どうぞ。